大判例

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高松高等裁判所 昭和29年(う)55号 判決

控訴人 検察官 中田愼一

被告人 下河孝和

検察官 大北正顕

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月及び罰金壱千円に処する。

右罰金を完納することができないときは弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日より参年間右懲役刑の執行を猶予する。右猶予期間中被告人を保護観察に付する。

理由

検事中田愼一の控訴趣意並びに弁護人岡林靖の答弁は夫々別紙に記載の通りである。

本件控訴趣意の要点は、被告人は昭和二十八年十二月二十四日高松簡易裁判所で窃盗罪により懲役八月三年間刑執行猶予に処せられ、その猶予期間中であるのに拘らず、原判決は被告人を懲役四月及び罰金弐千円に処し、その懲役刑につき三年間執行を猶予しながら、被告人を保護観察に付する旨を言渡さなかつたのは、刑法第二十五条第二項第二十五条の二第一項刑事訴訟法第三百三十三条第二項後段の規定に違反するもので、法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであると言うのである。

本件記録を精査するに、

本件被告人の犯行は、昭和二十八年三月十二日頃から同月二十六日頃迄の間三回にわたつて、福田正美から売却の世話を頼まれた盗品である自転車三台をいずれも盗品であることを知りながら、香川県香川郡香西町の寺井静雄方で同人にそれぞれ代金四千二百円、四千五百円、四千百円で売却して、賍物牙保を為した三個の罪である。本件犯行後で原審判決前である昭和二十八年十二月一日施行の同年八月十日公布の法律第百九十五号による改正の刑法第二十五条第一項には「(前略)-云々-の言渡を受けたるときは情状に因り-云々-執行を猶予することを得」同条第二項には「前に禁錮以上の刑に処せられたことあるも其執行を猶予せられたる者一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受け情状特に憫諒す可きものあるとき亦前項に同じ但第二十五条の二の保護観察に付せられ其期間内更に罪を犯したる者に付ては此限に在らず」とあり、同条の二第一項には「前条第二項の場合に於ては猶予の期間中保護観察に付す」とあり、同法律第百九十五号による改正の刑事訴訟法第三百三十三条第二項前段には「刑の執行猶予は、刑の言渡と同時に、判決でその言渡をしなければならない」同後段には「刑法第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付する場合も同様である」とある。右刑法第二十五条第二項は立言の形式内容よりして、執行猶予中の者が再び刑に処せられたことを要件とするにとどまり、その刑が執行猶予中の再犯にかゝるものであると執行猶予言渡前の罪について刑に処せられた場合であるとを問わずその適用があると解すべきものである。右刑法、刑事訴訟法の改正前の昭和二十八年六月十日最高裁判所大法廷判決に従えば、執行猶予期間中に更に執行猶予の言渡を為し得る場合、即ち併合罪である数罪が前後して起訴されて、その一部の罪につき刑の執行猶予の判決が確定した後、その確定前に犯した前示その余の罪につき裁判するに当り、その両方の罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に執行猶予の言渡をするについても前示改正の刑法第二十五条第二項、第二十五条の二第一項刑事訴訟法第三百三十三条第二項後段の適用があるべきである。前示改正の刑法、刑事訴訟法施行前の本件犯行につき、その施行前にあつては、前示昭和二十八年六月十日の最高裁判所判決に従つて再度の刑の執行猶予の判決をする場合は保護観察に付する旨の言渡を為すべきではなかつたが、同改正法施行後にあつては再度の刑の執行猶予を言渡す時には保護観察に付する旨をも言渡さなければならないこととなるとしても、保護観察は刑そのものでないから、刑法第六条「犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるときは其軽きものを適用す」の条項に違反するものではない。

原判決が本件につき刑の執行猶予を言渡しながら被告人を保護観察に付する旨を宣告しなかつたのは判決に影響を及ぼすべき法令の適用の誤りである。

よつて刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条第一項により原判決を破棄し同法第四百条但書により当裁判所は更に判決する。

罪となる事実及びこれを認める証拠は証拠の標目中「山下万男の窃盗難届書」を「岸下鶴男の窃盗難届書」と改める外原判決の示す通りである。

(法令の適用)

刑法第二百五十六条第二項、罰金等臨時措置法第二条第一項第三条第一項第一号、刑法第四十五条第四十七条第十条第四十八条第二項第五十条、第十八条第一、四項、第二十五条第二項第二十五条の二第一項、刑事訴訟法第三百三十三条第二項後段第百八十一条第一項但書。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

検察官中田慎一の控訴趣意

一、原判決は公訴事実通りの判示犯罪事実を認定し且つ「被告人下河孝和は昭和二十八年十二月九日窃盗罪により高松簡易裁判所において懲役八月に処せられたるも三年間その刑の執行を猶予せられて居る者である」と判示し、現にその猶予期間中である事を認めながら刑法第二百五十六条第二項、第四十五条、第四十七条、第十条、第五十条、第二十五条、罰金等臨時措置法第二条、第三条、刑法第四十八条第二項、第十八条等を適用して被告人を「懲役四月及び罰金千円に処する、右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間、労役場に留置する。ただし懲役刑についてはこの裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する」旨の言渡をしたのであるが、原判決もこれを認めておる如く本件被告人は既に懲役刑の執行猶予中であるのでこの被告人を更に一年以下の懲役に処し且つ重ねてその刑の執行を猶予する場合は、刑法第二十五条ノ二、第二十五条第二項に従い且つ刑事訴訟法第三百三十三条第二項によつて判決主文において刑執行猶予期間中保護観察に付する旨の言渡をしなければならないのに、これを看過した原判決は法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、即ち原判決の言渡があつたのは、昭和二十九年一月十二日であり昭和二十八年法律第百九十五号「刑法等の一部を改正する法律」の施行後であることは明らかである処、右法律によつて改正された刑法第二十五条第二項本文には「前に禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル者一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケ情状特ニ憫諒ス可キモノアルトキ亦前項ニ同ジ」と規定して禁錮以上の刑の執行猶予中の者に対しても一定の要件のもとに重ねて執行猶予の言渡ができるものとしたのであるが、原判決が既に懲役刑の執行猶予中である本件被告人を更に懲役四月に処しその刑の執行を猶予する旨の言渡をしたのは、まさに改正刑法第二十五条第二項本文の場合に該当するものであり、従つて又同項の規定の適用があるものといわなければならない。

何となれば改正刑法第二十五条第二項については特別の経過規定を置いていないのでこの施行前の犯罪についても改正規定の適用があることは当然のことである。(このことは昭和二十二年の刑法の一部改正の際に執行猶予の条件を緩和しながらその点について何等の経過規定を置かなかつたのとその軌を一にしている)

そこでこの事が刑法第六条にいわゆる「犯罪後ノ法律ニ依リ刑ノ変更アリタルトキ」に該るかどうかの問題があるが、この点について昭和二十三年十一月十日の最高裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第二四七号)は「刑の執行猶予の条件に関する規定の変更は特定の犯罪を処罰する刑の種類又は量を変更するものではないから刑法第六条の刑の変更に当らない」と判示し刑法第六条の問題でないことを明らかにしているので後に詳述する如く本件に対しても新法たる刑法第二十五条第二項が適用されるわけである。

三、而うして前記昭和二十八年法律第百九十五号により新に設けられた刑法第二十五条ノ二によれば「前条第二項ノ場合ニ於テハ猶予ノ期間中保護観察ニ付ス」とあり(この規定についても格別の経過規定がない)刑法第二十五条第二項による再度の執行猶予に対しては、必ずその猶予期間中保護観察に付する事が要求されて居り、且つ前記法律により改正せられた刑事訴訟法第三百三十三条第二項後段の規定により裁判所は判決主文に於て保護観察に付する旨を言渡さなければならないのであるから、既に述べた様に原判決が刑法第二十五条ノ二の適用を看過し判決主文に保護観察に付する旨の言渡を遺脱した事は結局法令違反となり、これが判決に影響を及ぼすことは極めて明らかといわなければならない。

四、尤も改正以前の刑法第二十五条の解釈に就いては、既に昭和二十八年六月十日の最高裁判所大法廷判決(昭和二五年(あ)第一五九六号)があり右判決が本件の如く或る罪の執行猶予の判決確定前に犯して、それと併合罪の関係に立つ他の罪について若し前に確定判決のあつた罪と同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し不合理な結果を生ずる場合に限り、後の判決で更に刑の執行猶予を言渡す事も差支へない旨判示している事は周知の事実であり、原判決も無条件に右大法廷の見解を踏襲した嫌いがあるので一言右判例に言及することとする。

そこで右判例を些細に検討すればこれは結局今次刑法第二十五条第二項新設以前の執行猶予に関する規定の不合理を救済する為刑の執行猶予制度の本旨に則り刑の均衡という見地から特に試みられた合目的的解釈であることが明らかであるが、その解釈上の技術的手段として確定判決以前の余罪に就いて、若し確定判決のあつた罪と同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであらう場合に比し著しく均衡を失し不合理な結果を生ずる場合に限り、刑法第二十五条一号及び同法第二十六条二号にいう「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解すべきであるとしたのである。ところが新設の刑法第二十五条第二項にも「刑ニ処セラレタル」の字句が使用されておるが、同項の場合は実刑を言渡された場合でないことは規定の行文から見ても明らかであるので、これとの統一的解釈という見地からは最早改正条文に前記の如き合目的的解釈が技術上許されず右大法廷の判例の趣旨たるや誠に賛同すべきものがあるとはいえ無条件にこれを鵜呑みにする事は許されなくなつたのである。

尤も右大法廷の判例のように、猶予の言渡前の罪については刑法第二十五条の解釈上再度の執行猶予の言渡が可能であるとの見解に従えば(イ)改正後の刑法第二十五条第二項が「一年以下の懲役又は禁錮」についてのみ再度の執行猶予をなしうべきものとしたこと及び(ロ)改正後の刑法第二十五条ノ二の規定施行前に罪を犯した者に対しても再度の執行猶予の言渡をする場合に同条の規定によつて必要的に保護観察を行うこととしたのは結局被告人に不利益を帰せしめることとなるが、前者の(イ)の場合については既に述べたように執行猶予の条件の変更は刑の変更ではないとするのが、判例(前掲昭和二十三年十一月十日大法廷判例)であるからこの場合は刑法第六条の適用はなく新法たる刑法第二十五条第二項が適用されることになり、之を実際の運用の面から観ても通常確定判決前の余罪につき一年を超える刑が科されるが如き場合は右昭和二十八年六月十日の大法廷判決にいう「二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合」に該らない場合であらう。(尚参考までに附言すれば前記昭和二十八年六月十日の大法廷判決の事案は賍物故買の余罪で第一審の科刑は懲役六月及び罰金千円となつて居り右判決と同旨の高等裁判所の判決(例えば昭和二五、一二、九大阪高裁、昭和二四、一二、二一福岡高裁、昭和二五、一、一〇名古屋高裁、昭和二七、七四仙台高裁、昭和二七、一〇、一六東京高裁)の事案もいづれも窃盗の余罪であつてその刑は全部懲役三月となつている。)後者の(ロ)の場合についても保護観察そのものは刑の執行猶予とともに刑の執行の一態様に過ぎず従つて刑法第六条にいう刑ではない(前掲昭和二十三年十一月十日大法廷判決参照)からこの場合刑法第六条の適用はないのであつて理論上は改正後の刑法第二十五条ノ二の規定の適用を受けるわけである。

五、以上述べたところによつて明らかな如く前記改正規定の施行後はその施行前に罪を犯した者に対して再度の執行猶予を付する場合においても当然改正規定の適用があるに拘らず原判決はこの解釈適用を誤り被告人を保護観察に付する言渡をしなかつた違法がありこれが判決に影響を及ぼすこと極めて明らかである。仍て原判決の破棄を求むるため本控訴に及んだ次第である。

弁護人岡林靖の答弁

本件控訴は原判決の執行猶予を付した点を不当とするのではない。その点は相当と認めた前提に立つて保護観察に付する旨の言渡がなかつたことを攻撃する丈であるから、恐らく被告人にはこの控訴の認容さるることに何の異議もないであろうと思う。而して弁護人は又本件控訴の趣旨が理論として正当なことにつき大体異議がない。ただ本件控訴は法律適用の非違を糾弾するものであり、之に対する判決は新判例となるべき性質のものであるから、弁護人の職責として一、二の所見を開陳する。

第一、刑法第二五条第二項の出現以前から本件の如き場合に執行猶予を付することができたことは論旨引用の昭和二八年六月一〇日の最高裁判所判決で明らかである。だからと云つて右第二五条第二項出現以前の犯罪に関する限りその出現以後に於ても同条項を適用しないで執行猶予を付し従つて保護観察に付さないでおくことができると解する余地のないことは論旨のいう通りだと思う。同条項の文字は執行猶予中の者に対する再度の執行猶予は以後全て同条項に依つて之をなすべきものとする趣旨以外には読めないからである。

第二、若干疑問となるのは刑法第二五条ノ二につき同法第六条を類推適用すべきではないかという点である。判例は「執行猶予の条件に関する規定の変更は刑法第六条の刑の変更に当らない」といつておるけれども、果してそう簡単に言い切れるであろうか。方今執行猶予の条件は常に緩和の方向に進んでおるから、今の処右の判例で差支ないけれども、もし右条件が厳しい方に逆転したら、恐らく判例も変更されなければならぬのではなかろうか。例えば刑法第二六条ノ二第一号には「猶予の期間内更に罪を犯し罰金に処せられたるとき」とあるが、この条文から「更に罪を犯し」が削られたらどうであろう。この条文の出来る前の犯罪につき懲役刑に処せられその執行が猶予されておる者がその罪と刑法第四五条後段の併合罪になる他の罪につき罰金刑に処せられたとき、前の猶予を取消すか否かについては、恐らく刑法第六条によつて解決しなければならぬであろう。尤も之は執行猶予の条件そのものではないが、その条件例えば三年以下の懲役が二年以下の懲役と加重されたときも同様であろう。

保護観察というものが被告人に不利益なものかどうかが第一疑問であるが、もし不利益なものであれば刑に準じて考え刑法第六条を準用し、本件の場合刑法第二五条ノ二を適用しないということも考え得られるではないであろうか。

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